大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形家庭裁判所 平成11年(家)212号・平12年(家)64号

主文

1  事件本人の監護者を申立人らと定める。

2  相手方の第2事件申立てを却下する。

理由

第1申立ての趣旨及び実情

1  申立の趣旨

(第1事件)

主文第1項と同旨

(第2事件)

申立人らは、相手方に対し、事件本人を引き渡せ。

2  本件は、事件本人の親権者(実母)である相手方が、事件本人について里親委託を受け、約3年7か月(審判時)にわたって里親として養育してきた申立人らに対し、事件本人の引渡しを求め(第2事件)、これに対し、申立人らが、家庭裁判所に申立人らを事件本人の監護者として指定するよう求めた(第1事件)ものである。

第2当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  相手方は、平成5年○月○日、事件本人を出産し、同月27日に病院を退院した。相手方は、事件本人の父(大韓民国国籍を有する「B」(日本名「B1」)、ただし未認知)とは重婚的内縁関係にあり、Bから、正妻のもとで他のBの子らと一緒に育てたいという話があり、Bの援助を受けられる状況ではなかったこと、相手方の生活状況は不安定であり、精神的にも経済的にも非常に苦しかったことから、a児童相談所と協議し、同年10月1日、事件本人はb託児園(乳児院)に入園措置となった。その際、相手方が、事件本人を養育できない旨を述べていたことから、a児童相談所は、事件本人を里親委託するとともに、将来的には養子縁組を行うことを検討して欲しい旨を相手方に伝えたが、相手方は、養子縁組については考えを留保していた。相手方は、事件本人を乳児院に預けた後、平成5年10月14日と同年12月6日に面会をし、また平成7年の正月には、一時外泊許可を取り、事件本人とともに過ごすなどした。なお、平成6年2月1日、本件については、a児童相談所から大阪府c1児童相談所(現、大阪府c子ども家庭センター、以下「子ども家庭センター」という。)にケース移管された。

相手方は、平成7年4月5日、子ども家庭センターに対し里親委託承諾書を提出した。子ども家庭センターは、さらに養子縁組についても相手方に承諾を求めていたが、平成8年1月ころから、相手方との連絡が取れなくなったため、検討の結果、相手方が協力的ではないものの、里親委託や里親との養子縁組について必ずしも否定的ではなかったことを考慮し、事件本人を里親委託することとした。

申立人らは、子がいなかったため、同年2月ころから里親登録を行っていたところ、同年8月5日、社団法人家庭擁護保進協会及び子ども家庭センターのあっせんにより、将来的には特別養子縁組を行うことを前提として、事件本人の里親として預かることとなった。

相手方は、同年9月24日、婦人相談所に保護され、その際、子ども家庭センターから、事件本人を里親委託したことを聞き、事件本人の引取りを申し出た。子ども家庭センターは、調整を試みたが、相手方との連絡がうまくいかず、また、相手方の生活状況が安定せず、相手方の引取りの希望が具体的な話にはならなかったことから、里親委託が継続された。しかし、その後も、相手方からは断続的に引き取りたい旨の希望が伝えられていた。他方、申立人らからは、特別養子縁組手続を進めたい旨の希望が子ども家庭センターに対して寄せられたが、子ども家庭センターは、相手方との連絡が取れず、調整が難航していることなどから、特別養子縁組手続を進めなかった。

平成11年4月ころから、相手方から引取りの希望がより強く出され、相手方自宅への子ども家庭センターの職員による家庭訪問の際には、相手方とBとは婚姻する予定であり、生活状況も安定した旨の話が伝えられたことから、子ども家庭センターは、両親がそろった上での引渡しの請求であり、両親の生活が安定している以上、里親委託を解除すべきであると判断し、里親である申立人らに対して相手方へ事件本人を戻して欲しい旨を伝えたところ、申立人らは、事件本人の監護養育を継続したいと希望し、引渡しの方向での調整は困難となった。子ども家庭センターは、同月30日付けで、申立人らへの里親委託を解除し、引き続き、引取りへの調整のため事件本人につき一時保護措置を執るとともに、一時保護先として、申立人らに事件本人の委託を行った。

申立人らは、相手方から、直接電話により事件本人を引き取りたい旨の要望が伝えられたことから、同年6月15日、当庁に対し、第1事件及び子の連去り禁止の仮処分(当庁平成11年(家ロ)第××××号事件、平成12年3月1日取下)を申し立てた。また、相手方は、当庁に対し、平成11年11月16日、第2事件を申し立てた。

2  ところで、前記のとおり、事件本人は、現在一時保護委託をされている状況にある。児童福祉法上、一時保護中の児童への監護権の帰趨については明文の規定は設けられていないが、同法27条の3の反対解釈として、一時保護の場合には家庭裁判所の決定によらなくとも強制的措置が可能とされていることからすると、一時保護中の児童について、その期間中は、行政処分としての一時保護の効力により、親権者の親権のうち監護権の行使が制限されているということができる。したがって、一時保護中の児童について、家庭裁判所が、一時保護委託を受けて実際に児童を監護している者に対して、引渡しを命ずるか否かの判断を行うことは、行政処分の効力を家庭裁判所の審判で争うものとなり、結局、家庭裁判所の審判権の範囲を超えるものというべきであり、第2事件については、不適法といわざるを得ない(なお、注意的に述べると、第2事件申立てが不適法であるということが、直ちに相手方に事件本人を引き取る権利がないことを意味するものではない。子ども家庭センターとしては、本件審判の結果をまって一時保護を解除する予定であって、本件審判により申立人らを監護者として指定した場合にはそのまま一時保護を解除する予定であり、申立人らを監護者として指定しなかった場合には、親権者である相手方に監護権があるのであるから、相手方に事件本人を引渡すため、一旦、事件本人を大阪府中央児童相談所一時保護所に身柄を移し、段階を踏んで引渡しを行うという趣旨の書面を当裁判所に提出しており、結局、事件本人を相手方に引渡すか否かの判断は、申立人らを監護者として指定するか否かの判断にかかるものとなる。また、一時保護による行政処分としての監護と、民法上の監護権の所在とは、別の次元の問題であるから、申立人を監護者として指定するか否かの判断は、児童相談所による一時保護処分と抵触するものではない。)。

3  また、本件審判を行うに当たり、第1事件について、第三者たる申立人らに監護者指定の審判の申立権があるか、という問題がある。

しかし、そもそも民法766条が、親の離婚に当たり、親権者とは別に監護者を指定することを認めた趣旨は、婚姻期間中の共同親権行使という未成年者の監護状態が、離婚により単独の親権行使という変化により、未成年者の監護状態にも大きな変動が生じることになるため、子の福祉に鑑み、親権関係と監護関係との分離が必要である場合には、親の協議又は家庭裁判所の審判により、監護者の指定を可能とするところにあると解される。本件では、里親委託開始から現在まで約3年7か月の期間継続した申立人らのもとにおける監護状態が、相手方の引渡し請求により大きく変動する可能性がある状況であることからすれば、子の立場からすると同様の状況にあるといえるのであって、もともと子の監護権は子の福祉のために存在するものであることからすれば、本件については、民法766条の趣旨を類推し、第1事件について家事審判法9条1項乙類4号の子の監護に関する処分として、事実上の監護者である申立人らに本件申立権を認めるとともに、家庭裁判所の審判事項として審理することができると解すべきである。

4  そこで、本件における事件本人の監護に関する状況について検討する。

(1)  申立人らの状況

申立人らは現在山形県東村山郡d町において事件本人とともに、申立人Y1の所有する自宅に居住している。申立人Y1はe企業団に公務員として勤務し、その収入は年間800万円余りであり、住宅新築時の借入金以外に負債はない。申立人Y2はd町デイサービスセンターに看護婦として勤務し、月額手取で約20万円を得ている。申立人らに子はなく、将来は事件本人を養子にしたいとの希望から里親となったものである。申立人らの家族としては、他に申立人Y1の母がいる。家族関係、経済的事情について特に問題はない。

(2)  相手方の状況

相手方は、大阪市f区において相手方の子(「D」、平成11年○月○日生、ただし、出生届未提出)とともに居住し、生活保護を受給しながら生活している(家賃を含め、月額18万4590円受給)。相手方は、前記のとおり、事件本人を出産した当時は生活状況が不安定であったが、現在は、生活面においても、精神的にも一応安定している状況にある。今後も継続して生活保護が受給できる見込みであり、事件本人を引き取った場合には、それに応じて生活保護支給額が増額される見込みである。Dの養育状況についても特段の問題はない。

また、Bの母が相手方住居の近くに居住しており、相手方が事件本人を引き取った場合には、相手方が事件本人に対し愛情を注げるよう全面的な協力をする旨を述べている。

なお、Bは、現在、覚せい剤取締法違反の罪でg刑務所に服役中である。Bは、事件本人についても、Dについても、認知はしていないが、自分の子として認識しているようである。

相手方の意向としては、事件本人が小学校に入学する前に引き取りたいと希望している。Bの出所後は一緒に生活をする予定である。

また、相手方は、事件本人の出産の前に3人の子を産んでおり、これら3人は現在、実父と共に生活しているが、相手方としては、これら3人の子も引き取りたいと考えており、現在、調整中とのことである。

(3)  事件本人の状況

事件本人は、現在、幼稚園に通園しており、日中、申立人らが勤務している間は、申立人Y1の母がその養育に当たっている。発達段階としては年齢相応の段階であり、平成7年4月ころには、多動傾向が見られたが、現在では精神面、肉体面のいずれにおいても問題はみられない。事件本人は、申立人らを「お父さん」「お母さん」又は「おとう」「おかあ」と呼んでおり、同居中の申立人Y1の母にも懐いている。申立人ら以外に大阪に母親がいることは、申立人らから教えられ知っている。

(4)  試行的面接及びその後の状況

本件においては、申立人らが、事件本人に対し、大阪の実母である相手方と会うことになった旨を告げて、試行面接(平成12年2月9日東京家裁面接室において実施)が行われた。その経過及びその他の調査結果によれば、事件本人は、申立人らによく懐いており、心理的な親子関係が既に形成されているものと認められる。他方、相手方の記憶はないようであり、相手方を拒絶まではしないし、周囲から相手方が母であるといわれ、相手方を特別な存在として意識している様子は見られるが、基本的に他人として認識しているようである。相手方としても、事件本人の心情に配慮する様子が見られ、事件本人に対する愛情は十分に感じられる。

その後の調査によれば、事件本人は、相手方から引き取りたい旨の希望が出ていることを知り、相手方に引き取られること、申立人らから引き離されることを警戒している様子が見られる。

5  以上の事実を前提として、申立人らの監護者指定の申立ての当否について判断する。

ところで、未成年者に対する監護権は、親権の本質的要素であり、親権者が存在する以上、通常、親権者によって未成年者の監護を行わせるのが未成年者の福祉に合致するものであるから、原則として、親権者から未成年者を監護する第三者に対して未成年者の引渡しの請求が行われた場合には、これを認めるべきである。しかし、そもそも未成年者の監護権が、未成年者の福祉のために認められるものであることからすれば、例外的に、未成年者の引渡しを認めることが未成年者の福祉に明らかに反するといった特段の事情がある場合には、未成年者の引渡しを拒絶し、未成年者を事実上監護する第三者を監護者として指定することができると解するのが相当である。

これを本件についてみると、相手方の監護のための状況は、経済的な余裕はないものの、少なくとも里親委託を行った当時と異なり安定しており、現段階においては特段の問題はなく、相手方の事件本人に対する愛情も認められることからすれば、事件本人の引渡しを請求するのは、自然な母としての愛情の発露と見るべきであって、本件の引渡し請求をもって、権利の濫用とまでいうことはできない。

しかしながら、事件本人から見れば、相手方が母であるという認識はなく、心理的な親は申立人らであり、事件本人が申立人らとともに生活したいという意思を持っていると考えられることからすると、相手方の引渡し請求により、事件本人をその意思に反して申立人らと引き離すことは、一時的にせよ、両親を同時に喪失するのと同様の心理的状況に置くことになると考えられる。さらに、事件本人が約3年7か月の期間にわたって生活してきた東北地方の農村部である山形の環境から、突如として大阪という大都会の全く異なる生活環境に置かれることになり、そのような新しい環境の中で、他人として認識している相手方と一から心理的親子関係を築き上げなければならない状況に置かれることになる。しかも、相手方には、これから手の掛かる乳児がいるという環境にあり、全面的に事件本人の養育に時間を掛けることは困難な状況にあることからすると、事件本人を相手方のもとに引渡すことは、事件本人にとって極めて大きな精神的負担となることが容易に予想されるところである。これから小学校入学を控え、精神的にも成長期を迎える事件本人に、そのような大きな精神的負担を与えることは、明らかに事件本人の福祉に反する結果となるといわざるを得ない。

したがって、本件においては、事件本人が申立人らのもとで監護されている状態を変化させることは事件本人の福祉の観点から是認することはできないから、前記の特段の事情がある場合に相当し、この際、申立人らを監護者として指定することができると解すべきである。

なお、この結論は、相手方と事件本人との関係の断絶を意味するものではないことは当然であるが、そればかりでなく、今後、親権者と監護者との連携が必要となる事態が生じることが予想されることからすれば、事件本人の福祉を考慮し、親権者である相手方と監護者と指定する申立人らとが、必要に応じて協力することが望まれることを付言する。

6  よって、申立人らの第1事件申立てを認容し、相手方の第2事件申立ては不適法であるので却下することとし、主文のとおり審判する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!